当院でアートメイクが始まったのは、2016年のことでした。きっかけは院長からの提案です。
形成外科専門医である院長は、がんで乳房を切除した方の乳房再建や乳頭再建なども行っています。ただし再建できても乳頭部分は肌色のまま。「アートメイクで色をつけることができれば、よりその方の健常時の状態に近くなり、喜んでいただけるのでは?」と考えたそうです。
そして看護師だった私に、「アートメイクを勉強してくれないか?」と声がかかりました。
当時は開院して間もない時期です。人手も少なく、「本当にできるのかしら?」という不安がありました。そもそも私は恥ずかしながら、世の中にアートメイクというものがあることを知らなかったのです。
でも私は、「できない」という返事をするのが嫌なタチです。「私が技術を習得すればクリニックのメニューの幅が広がる」とも考えました。
そして何より「全ての人を笑顔に」という理念を実現し、院長の考えるクリニックのあり方に近づけるのでは、と考えました。
そこで提案を受け入れ、私のアートメイク修業が始まったのです。
ノウハウを学ぶために選んだ学校は「Biotouch Japan」(現:PGC Schools)。1984年に設立され、日本における医療アートメイクのパイオニアともいえる存在です。
授業が始まり、初めて触れたアートメイクの世界。想像以上に繊細な作業や集中力が必要でした。ひとつの作品を作り上げるまで集中力が持たず、叱られたことも多々あります。
もちろんいきなり施術するわけにはいきませんから、まずは紙を使って何度もデザインの練習をしました。その後は、肌の質感を再現した「人工皮膚」という練習用シートを使用して、アートメイクの針の挿入感を体に叩き込みました。
日中はクリニックで仕事をして、夜は自宅で机に向かって練習する日々。こうした毎日が何カ月も続いた後、ようやく初めて人に針を入れるときがきました。
「緊張で倒れそうになった」というのが正直なところです。だって人の体に色を入れるのです。責任重大です。そのときに体を預けてくれたスタッフや友人には、感謝してもしきれません。
アートメイクの難しさに“施術後の色変化”があります。
アートメイクの色素は、皮膚の上に乗せる化粧品とは少し異なります。というのも皮膚のごく浅い部分である「真皮浅層」に色素を入れるので、中に入ってから色素が変化していくのです。
どう変化するのか知りたい、確かめたい……そう考えていた私に、院長が協力してくれました。
今でも院長の背中にポツポツと跡が残っています。それは、色の変化を知るための研究に付き合ってくれたからです。
院長の背中に施術してどう変化するのかを見たり、色素を除去するためのレーザーを照射したり。このときの研究が糧となり、いまの施術に活きているのを実感しています。アートメイクのメニューが続く限り、院長の“背中のポツポツ”は、これからも増えていくと思います。
そしてもう一つの難しさが、“技術の進化”です。
アートメイクは日々進化し、新しい技法が登場します。新しい技法を取り入れたい一方で、その技法がすぐに世の中からなくなることもあります。そもそも一概に「新しいもの=良いもの」とは言えないため、簡単に取り入れるわけにもいきません。
色素も同じです。新しいものが開発されますが、安全性を見極めることが大切です。
どの技法や色素を採用するかは、院長と話し合って慎重に決めています。特に色素は成分表を丁寧に見て検討していますし、これからもその方針を守っていきます。
カウンセリングをするとき、必ず患者様にお伺いすることがあります。それは「アートメイクで何が叶うと『満足できた!』といえますか?」ということ。
つまりゴールの共有がしたいのです。
もちろん「美しくなりたい」という方は大勢います。でも問いかけを続ける中で、切実な悩みを抱えている方が多いことに衝撃を受けました。
「抗がん剤治療による脱毛をカモフラージュしたい」
「脱毛症で抜けてしまった眉毛を取り戻したい」
こうした声を聞いたとき、私ははっとしました。アートメイクの可能性を、患者様に教えてもらったような気がしたのです。
アートメイクは美容目的だけではなく、病気などで生じた外見の変化を補えること。いわゆる「アピアランス(外見)ケア」も大切だし、力を入れたいと思いました。
病気やそれに伴う治療で外見が変化すると、不安や戸惑いが生じるはずです。「自分らしさとは何だろう?」と悩んだり、そもそも考える余裕さえなくなってしまったり……。
だからこそ、外見の変化を最小限にしたり、再現したりすることが可能な「アートメイク」の意義は大きいと思うのです。
乳房を失い、手術で乳房と乳頭形成を行い、最後の仕上げとして乳輪乳頭にアートメイクで色を入れた、とある患者様。「元の自分の状態に近づくと、なんだか人に見られるのが恥ずかしい」と、うれしそうに微笑んでおられた姿が印象に残っています。
アートメイクは自分らしさを大切にするきっかけに、そして自分のことを大切に思ってくれる周囲の人にも受け入れてもらいながら、現状と向き合うきっかけになるのではないでしょうか。
アピアランスケアに少しでも貢献できたらと思い、がん治療を行っている病院の相談センターや、がん治療を支援されている団体様などに、医療アートメイクの情報を提供しています。アピアランスケアに注力されている全国のアーティストさんと交流して、情報交換もしています。
今後アピアランスケアの一つとして医療アートメイクがポピュラーなものになっていく、がん治療をされている方に寄り添っていく存在になっていくと確信しています。
私は、キレイのお手伝いができる「美容看護師」という仕事に誇りを持っています。と同時に「困っている方を助けたい」という看護師になった当初の想いも大事にしながら、日々努力しています。
当院は「樹のひかり」です。樹木が枝を伸ばし、葉を茂らせることができるのは、根っこが丈夫だからこそ。私も“自分らしさ”という根っこを整えるお手伝いをして、皆さまの暮らしを豊かにする力になれたらと思っています。
最初は乳頭や乳輪から始まった当院のアートメイク。今では眉やリップなどメイク補助としてのアートメイクも始まり、ありがたいことに当院の人気メニューになっています。これから先アートメイクの経験年数が重なっていっても、導入したときのドキドキや喜びはずっと忘れないし、「忘れられない」と思っています。
皆さまは、アートメイクと聞いて何をイメージされますか?
「ふんわり立体感のある眉」「まつげの間を埋める自然なアイライン」「血色が良くなるリップ」といった“ナチュラルな仕上がり”を想像される方が多いのではないでしょうか?
でも、以前は違いました。「べた塗りの真っ黒な眉」「不自然に濃くて太いアイライン」というイメージが強く、“いかにも”という仕上がりを敬遠する方も多かったようです。
技術も進化しましたし、今ではSNSを通じてアートメイクに関する情報がたくさん入るようになりました。施術直後の状態はもちろんのこと、施術中の動画や経過なども見ることができます。
そのためアートメイクのイメージが変わり、受け入れやすいものに変わってきたように思います。実際に最近、アートメイクをされる方が増えてきました。
特に眉のアートメイクをされる方が多く、施術後には笑顔でうれしいお言葉をかけてくださいます。
「眉メイクのイライラがなくなった」
「骨折したときに眉毛が書けなくて……アートメイクしていて良かった」
「目が見えづらくなってきたから、アートメイクがあって助かる」
こうしたお言葉をかけられるたびに、「アートメイクって素敵な技術だな」と心底思います。そして、「もっともっとこの技術を広めていきたい!」という想いを、さらに強くしています。
アートメイクをする方が増えてきたといえども、まだまだハードルは高いようです。施術に来られた方から、
「やっと重い腰を上げてきたんです」
「勇気を振り絞ってきました」
と聞くことも多く、“興味はあるけれど、行動に移せない”という方が大半ではないかと感じています。確かに初めてだと気がかりなこともあるかもしれません。
「数年で薄くなるなら、意味がないのでは?」
「本当に似合うのかしら?」
こうした気持ちも分かります。でも、想像してみてほしいのです。
アートメイクをすれば “メイクの時短”が可能になり、生活が快適になります。塗り直しもいりません。運動後や温泉に入った後も、メイクをしたような素顔でいられます。
キレイになると幸せな気持ちになり、表情も明るくなります。コンプレックスが解消すると心にゆとりができます。アクシデントやエイジング、病気に伴うマイナスも埋めてくれるのです。
そんな毎日、とても魅力的だと思いませんか?
昔のように濃いまま残るアートメイクであれば、私もここまでおすすめしません。でも、“あくまで自然に、だけど垢抜けた雰囲気”に仕上がる現代のアートメイクだからこそ、おすすめしたいのです。
アートメイクは使い勝手が良く、毎日の暮らしが変わります。ぜひ選択肢に入れていただけたらうれしいなと思っています。
施術前のカウンセリングがハードルになる方もおられるようです。「どんな人がアートメイクしてくれるんだろう」という不安もあると思います。でもカウンセリングもご心配には及びません。
相手に寄り添い、常に共感する気持ちを大切にしていますので、気軽にカウンセリングに来ていただきたいなと思っています。
「ナースの皆さんが忙しそうな姿を見ると、声をかけるのをためらってしまう」とお気遣いくださる方も多いかと思います。
でも当院では、どんな状況下でも“忙しそうなナース”にならず、声をかけやすい雰囲気、質問しやすい雰囲気を、常日頃から大事にしています。ぜひ安心して、“緊張ゼロ”でご来院くださいね!
長文に最後までお付き合いいただき、心より感謝いたします。たくさんの可能性を秘めたアートメイクを通して、豊かな心や笑顔のお手伝いがしたい、そして「できる!」と思っています。皆さまのご来院を心よりお待ちしております。
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